「ドラマー」ではなく「吹奏楽ドラマー」をコンセプトにする訳
このブログでは「吹奏楽ドラマー」という言葉をテーマに記事を書いています。
なぜただのドラマーではなく、「吹奏楽ドラマー」なのか、という話をしておきましょう。
さまざまなジャンルのドラマー
一口に「ドラマー」と言っても、いろんなジャンルのドラマーがいます。
「ロック」
「ジャズ」
「パンク」
「メタル」
etc…
それぞれ、得意な曲のジャンルが決まっています。
皆が皆、どのジャンルのドラムも叩けるとは限りません。
もちろん、「ドラムを叩く人」という大きな枠組みの中にはいるので、叩けないことはありません。
ただ、例えばジャズドラマーにロックを叩かせると、それはジャズ色の着いたロックのドラムになる。
メタルドラマーにジャズを叩かせると、メタル色の着いたジャズドラムになる。
(と、僕は思っています。)
吹奏楽ドラマーとは
…ここまでどうでしょう?あまりピント来ませんか?
では、ここで吹奏楽という単語を出してみましょう。
「吹奏楽」というのは、一つの音楽のジャンルだと私は思っています。
もし、メタルドラマーがゲストとして自分の吹奏楽団に入ってきたらと想像してください。
…どうですか?
その人が浮く気がしませんか?
(もちろんゲストとして輝く、ということはあるかもしれませんが。)
吹奏楽でドラムを叩くときは、吹奏楽というジャンルをやる上でのルールがあります。
そういったことができるのは、「吹奏楽ドラマー」だけなんです。
これも経験があってこそです。積めば積むほど、吹奏楽ドラマーとしての腕が上がる。
ジャズ以外のドラマーがジャズのドラムを叩くのを難しく感じるのと同じように、
吹奏楽以外のドラマーが吹奏楽のドラムを叩くのもまた難しいのです。
この吹奏楽ドラマーという立ち位置は、ドラマーに取って非常に貴重な経験を積むことができます。
だからこそ、「吹奏楽ドラマー」という言葉が重要だと考えている訳です。
どんな経験があるのか。
それは後々記事として書いていこうと思います。
お楽しみに